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英単語帳1周目

 今日,英単語帳をちょうど1周した.一日,何があっても100単語は進めると自分に約束して,「音読」を意識して英単語を進めてきた.

 元々,私は中高で英語をサボりすぎていた.母校は英会話にも力を入れていたが,その機会をことごとく無駄にし,英語の宿題も答えを写し,しまいには,共通テストも感で解くという,まぁ「ことごとく,着実に日々成長の目を摘んできた」

 ただ,英語は避けて通れないと,つい1,2ヶ月前に気づいたので,本気で勉強を始めようと思い,とりあえずは語彙だと言われたので,ただひたすら英単語帳の例文を音読する日々.

 反復が大事だと聞いているので,2500単語ある英単語帳を,本当は500〜1000ずつ進めて少なくとも1週間で1冊分のペースで行きたいのだが,なかなか自信がない.

 明日から,どのようなプランで学習を進めるか,検討する.

予期せぬ拡散

 私の高校時代の友人M.T君とN.H君にブログの存在を暴露してしまった.このブログを知っているのは,大学の友人と,私が面識のない読者の方々と,そして高校時代の友人で唯一知っているハリーのみ.
 できるだけ,高校時代の友人には存在を知られたくなかったが,つい,ポロッと言ってしまった.まぁ,彼らも私と似て数学的な変態さを持ち合わせているので,楽しく読んでくれると信じたい.

鶴屋の地下にあるピロシキが美味しい話

 熊本のデパートといえば,鶴屋.他の都道府県では「高島屋」「三越伊勢丹」などがポピュラかもしれないが,熊本は,地元企業「鶴屋」が猛威を奮っている.他の企業が入る隙なし.駅ビルやら,バスターミナルに付随する大型商業施設の影響で顧客が減りつつあると聞いているが,それでも活気に溢れていた.

 その鶴屋の地下食品間に販売してある,「ピロシキ」がとても美味しい.鶴屋にいけば必ず買う.それほどだ.

ピロシキとは?

ピロシキ(ロシア語: пирожки[1])またはプィリジキ(ウクライナ語: пиріжки[2])は、東欧料理の惣菜パンである。主にウクライナベラルーシ、ロシアなどで好まれている。小麦粉を練った生地に色々な具材を包み、オーブンで焼くか油で揚げて作る。

 実際のピロシキとは少し違い,球形に近い楕円球体.中に入っているものが,「春雨」「塩豚」「ポテトサラダ」「馬肉高菜」「カレー」など,バライアティにも富んでる.

 熊本に足を運ばれた方は是非.

動物園に行ったよ🦊

 今日は15年ぶりに動物園へ足を運んだ.私が行った動物園は,動物と人との距離がとても近かった.人に対してあまり警戒心がないようだ.(動物園の動物はどこもそうかもしれないが)その動物園では,動物紹介の看板に,環境変化に伴う個体数減少の話が懇切丁寧に書いてあり,野生動物の現実を知った.野生ライオンも個体数が100分の1にまで減少したとか.こんなに有名な動物も絶滅危機にあることを,恥ずかしながら私は知らなかったので,無知は恐ろしいと感じた.

 その動物園の掲示物の一つに,「ただ,人工的に繁殖させて,個体数を増やすだけではダメなのか?」というものがあった.考えればわかることだが,ただ特定の個体数を増やすだけでは,餌となる獲物が足りなくなる.すると結局個体数が減るというメカニズムのよう.特に密猟で劇的に個体数が減っているようなので,まずは我々がその現状を他人事だとは思わず知ることが必要だと思った.

 やはり,生で見る動物は迫力が全然違う.画面で見るライオンと実際に見るオンラインはそれを目にして考えることも全く違う.日頃から家にこもっており人間と虫とかカラスなどしか目にしてない人は,是非動物園に行くことをお勧めする.(本当に)大袈裟に聞こえるかもしれないが,考え方とか,動物に対しての価値観が変わるかも.

グータラ1日

 今日は,久しぶり,一日中ベットの上で過ごした.8時に起きてゴミ出しの手伝いをして,その後朝食をとり,昼までネットで調べ物を色々.(もちろんベッドで)
 少し眠いからうたた寝するつもりが,起きたらもう既に18時.そこから起きて,ぼーっとしたらご飯ができていた.今日は,蓮根の挟み上げ,オクラの天ぷら,などなど好物が並んでいた.(全て父の手作り)実家飯も最高だ.

 今日は,今から英単語をして,寝る.

墓参り

 今日,父の実家のお墓にお参りをしに行った.私の父方の祖父母は私が小中この頃に他界した.当時のショックは大きかったが,今は時が経ち祖父母への様々な気持ちを俯瞰してみることができた.

 祖父母がいなければ父も私もいないということを考えると,先祖の出会いに感謝せねばと思った.そして両親が結婚しなければ,私がこうしてブログを書くこともなかっただろう.
 そのようなことを考えていると,ふと自分の存在が不思議になる.そうなると,私が中学の頃に考えたことが頭をよぎる.「生きる意味とは?」

 突然だが,あなたは生きる意味を考えたことはあるだろうか?私はこの世に不満があるわけではないけれど,生きる意味を考えたことは幾度となくある.例えば,地球は人類によって大変なことになっているが,環境を壊してまで我々が生存する意味があるのだろうか,とか.それでは人間以外の生物は存在し続けてそれには意味があるのだろうか,とか.
 
 考え出すと止まらないが,この考えには私なりの終着点がある.それは「生まれているからには精一杯生きる義務がある」という考え方.(自殺や安楽死を否定しているわけではないことは事前に断っておく.)
 まぁ,この世に生を預かることは,自身が決定できることではない.もちろん,誰が親であるかとか,どの国に生まれるだとかも同じくだ.ただ,生まれた環境,育つ環境はその人を決める大きな要素だと私は考える.そして,生きていくと様々な困難にぶち当たる.それが自分の力ではどうしようもないことだってある.
 祖父母の家にはコンクリートを破って生えている木や草が大量にある.草木が長い時間をかけて,コンクリートに力積(\(I=Ft\))をかけていたからだろうと父は話す.人間も時間は限られるけど,人生においての試行錯誤をしてみようと,そしたら何か見えるものがあるのではないかと,私はそう思う.私も中高の頃はとんでもない壁にぶつかり何回絶望したことだろう(成績の話とかではない).その都度いろんなことが嫌になり,投げ出したくなるが(時には投げ出してきたが),それでもなんとか前に進もうとしてきた.楽観主義だと非難されるかもしれないが,私はトライアンドエラーでなんとか前に進むのが生命の本質ではないかと考えた.

中学生に集合を教えるか

 今,家庭教師のアルバイトでとある中学2年生の数学の面倒を見ているが,その子がなかなかに優秀な方である.数学も得意なようで,この子に集合を教えようと思っている.
 なぜ「集合」なのか.例えば整数を使った証明問題では,その数がどのグループに属するのかを考える必要がある.その時に「集合」の概念が大変役に立つ.包含関係でも,集合\(A\)が集合\(B\)に含まれている,つまり\(A\subseteq B\)のは以下のように定義される.
$$\forall a\in A(a\in B)$$

 さすがに,全称命題や存在命題の話をするつもりはないが,集合と要素の関係,集合と集合の関係を頭に入れて話を進めると,問題は大変簡単に見えるので,これを「分かり易く」教えたい.

 仮に難しく教えてしまうと,数学嫌いになる可能性もあるので,慎重になる必要がある.